終活

「親の家を片付けながら」

「片付けを通して親の死の受け止める」

今回は「片付けを通して親の死の受け止める」というテーマについて、
リディア・フレムさん著「親の家を片付けながら」をもとに考察していきます。

この動画を見ることによって、親の死と遺品整理に向き合う心構えについて学ぶことができます。

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突然ですが、いつか迫る親の死について家族で話す機会が持てない。
将来の遺品整理が心配。

もしそんなお悩みを抱えた方がいたらあなたはなんとアドバイスしてあげますか?

今回ご紹介することを実践していただくと、
実際に親の死を経験した人の喪に服す心の過程を知ることができるでしょう。

「時間をかけて喪に服すこと

それでは具体的な方法を解説していきます。

一言でいうと「時間をかけて喪に服すこと」です。
本書は、フロイト心理学研究で知られるベルギー在住の精神分析学者、リディア・フレムさんによるエッセイです。

自身が父と母を相次いで失った実体験を基に、
遺品整理した当時の状況と、その時の心情を記録した一冊となっています。

遺言書は作られておらず、二人分の遺品とどのように向き合って片付けていけば良いのか、
悩みながら行動したそうです。

日頃は他者の精神分析を職業とする学者ですら、親を失った時、
遺品と向き合う時はとても心が揺れ動き、戸惑うものなのです。

今回は著者がひとりの子供として親の遺品と向き合った経験から何を学んだのかご紹介していきます。

ここでは遺品整理を通じて親の死と向き合うことについて
ポイントを3つに絞ってみました!

・誰もが通る道と覚悟すること
・時間が一番の薬
・次の使い手を探す

ここからさらに詳しく、これらを一つ一つ解説していきます。

「誰もが通る道と覚悟すること」

まずはじめに「誰もが通る道と覚悟すること」について解説していきます。

この世の中にいるほとんどの人が、誰かの子供にあたります。
つまり、両親を見送る機会は誰にでも訪れる可能性があるということ。

そして、その機会は遠い未来ではなく、ある日突然に訪れるかもしれません。

親を失うと、残された者は身寄りのない孤児になる
と本書では表現されています。

私たちは常に、親の死後のことを考えているわけではありません。
なぜなら、想像したくもない出来事で目を背けていたいからです。

いつまでも自分と一緒にいてくれることを願い、日々の忙しさにかまけて、
親がいつか去っていくことに気付かないふりをしているだけではないでしょうか。

老いや病という前触れがあったとしても、親の死は突然に訪れます。

親と共に生きていられる今の時間を大切にしながらも、
心のどこかで別れの日に向けて覚悟を決めておくのです。

事前に覚悟しておくことで、親を見送る日が来たとき、
自分だけが特別な感情に揺れ動いているのだと思わず、
多くの人が同じ経験を乗り越えてきたのだと真正面から死に向き合うことができます。

いつかの別れを思うことで、親と共有できる今日という1日を
大切に過ごせることでしょう。

「時間が一番の薬」

続いて「時間が一番の薬」について解説していきます。

大切な人を失った時の喪失感は
人生の中でも一、二を争うほど心に大きなダメージを与えます。

さらに遺品整理ともなれば、その人の思い出を一つひとつ掘り返す作業になり、
癒えていない傷をえぐられるような思いをすることもあります。

著者のフレムさんにおいても、親が遺言を残さなかったために
大量の遺品を一人で片付ける辛さ、寂しさにうちひしがれていたと語っています。

親を亡くしてまもなくは、
喪服やお悔やみの言葉が悲しみや後悔を包み隠してくれました。

しかし、親が先立ったことを受け入れ、思い出に穏やかに浸れるようになるには、
ゆっくりとした時の積み重ねが必要だと、フレムさんは遺品整理の中で気付いたのです。

本書では遺品を整理しながら親の死を受け入れるまでには
次のような時間を過ごすべきと提唱されています。

・冬が明けて春を待つような、自然に流れていく時間
・その人の死を生きているみんなで経験する時間
・喪の悲しみを誰かと分かち会う時間

共同体で暮らし、地域で葬儀を行い、皆で喪を受け入れた時代とは異なり、
核家族化が進んだ昨今では、親の死でさえ自分一人で受け止めなければならないシーンも増えています。

喪の悲しみを皆で共有することもできず、
葬儀が終わったらすぐに日常に戻らなければならないこともあるでしょう。

そんな状況においては、せめて、焦らずに時間をかけて向き合ってみることが大切なのです。

日本には「日にち薬」という言葉があります。
どんな心の傷も、日にちが経つことで、癒えていくという意味です。

色々な事情があるかと思いますが、
親の遺品を見て穏やかな思い出を感じられる日がいつか来るはずです。

遺品の中身を見ずにさっさと処分してしまう方法もあります。

ですが親の死、残された思い出としっかり向き合いたいのであれば、
心の傷が少しでも癒える日まで、時間を置いてみることをおすすめします。

「次の使い手を探す」

最後に「次の使い手を探す」について解説していきます。

著者のフレムさんは、遺言書が残されないまま、相次いで両親がなくなり、
一人娘として相続権を得ることになりました。

親が残していった物たちをどう扱って欲しいのか意思のわからないまま、
遺品を処分するか、自分が受け取るか、すべての物を判別しなければなりません。

この作業は、まるで親の物を奪っているような
複雑な心境に満ちたのだとフレムさんは述べています。

生前、親に使わせてほしいとねだって断られた家具がありましたが、
親がいなくなった途端にその魅力が失われ、欲しくなくなってしまったのです。

その持ち主の思いがあってこそ物の価値を持っていたのでしょう。

しかし、親を亡くした後となっては欲しいと思える物は少なく、
かと言って処分にも踏みきれず、遺品整理は思うように進みませんでした。

残された物を整理して、家を空にしなければいけない期限が迫ります。

そこでフレムさんは、「人にあげる」という選択肢にたどり着きました。
自分自身は使わないけど、持ち主がいないからとはいえ、勝手に捨てるには憚れます。

友人や学問を教えていた学生たちに実家へ来てもらい、
使えそうなものを持って帰ってもらうことにしました。

ダイニングにあった丸テーブルといす、
ナイトテーブル、ソファ、ベッドとタンス、
家庭用品から鉢植え

このような大型家具から日用品まで様々なものを譲り渡しました。

人にあげることで物を減らすことに成功し、なおかつ知人に受け取ってもらうことで、
いつか恋しくなったとき、新しい貰い手の家へ見に行くことができるようになります。

こうすることで、親の死を他者と共感し合い、共に乗り越えていく一歩になるでしょう。

「あげる」というのは物とそれを必要とする人を仲介する行為です。
人にものをあげる段取りをしていると、あげる側の人も心が救われた気分になります。

遺品というのは、その人が生きた証でもあります。
自分が使わない物だけど捨てるのは憚られる、というのであれば、
血縁者でなくても周りにいる誰かに譲るというのも方法の一つではないでしょうか。

【まとめ】

では最後にこの動画の考え方をまとめて振り返っていきます!

まず「親の死は時間をかけて他者と一緒に悲しみを乗り越える」ということ

そして「遺品整理で物の命はまだ残っている。使ってくれる人に”あげる”選択はおすすめ」ということでした。

親の生前の記憶が詰まった遺品と向き合うのは、
たいていの場合、心身ともに受け入れ準備の整わないまま突然起こるので簡単ではありません。

時間や事情が許すのであれば、親の死を受け止められるくらいまずは心が整理できてから、
遺品の整理と向き合うというのも一つの方法です。

また親のものを奪っているような気持ちになる、それでももったいなくて捨てられない。

そんなときは次に使ってくれる人のもとへ渡れば、
親の大切にしていた物の命は続くことができます。

世の中の親子の数だけある、親の死の受け入れ方。ほとんど誰もが通る道です。
いつか来る未来への心構えとして今回のことをご参考にしてみてください。"

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